【NewsLetter285】九州DARC30周年記念フォーラム

九州DARC30周年記念フォーラム
2025年4月26日(土)
会場:クローバープラザ クローバーホール
住所:福岡県春日市原町3丁目1-7
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【NewsLetter285】依存症のユウスケ

◇ホームレス支援 カトリック大名町教会「スープの会」に参加して

 今回、スープの会で一番感じた事は、路上生活の方も含めて一つの社会なんだな、という事でした。

 普段、僕自身は路上生活の方の事は意識して生活していません。しかし、このような炊き出しに参加をする事で、路上生活の方々と触れ合い、大変な思いをしながら生活をしているんだなぁと考えさせられ、共感もしました。

 どんな理由であれ、炊き出しに来ているという事は、困っているからだと思うと自分自身と重なる所があります。自分は依存症と向き合っていくのに一人の力だけでは到底無理です。ハイヤーパワーに力を求めていると思います。

 何かに助けを求めるという事は、困っていて大変だからだと思います。そんな中で路上生活の方と会う事で、同じ様な思いをしているのかなと思うと、笑っていてもらいたいし、元気でいて貰いたいです。

 それは、自分の周りの人に対しても一緒です。同じ社会で、より良く生きたいです。

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【NewsLetter285】依存症のマー

◇ホームレス支援 カトリック大名町教会「スープの会」に参加して

 2月の中旬スープの会の炊き出しに行かせて貰いました。昨年と今年で二度目の経験で、今年は積極的に豚汁や物品を配れました。

 ちょっと偏見がありましたが、話してみれば私たちと何ら変わりはありません。昨年は見ているだけで自分から豚汁や、物品を配る事は無かったけど、今年は何人もの人に豚汁や物品を持って行けました。昨年とどこが違うのか自分でも分からないけれど、少し偏見が取れたような気がします。

 僕が行った日の夜はいつもより冷えていて、寒い中大変だな、大丈夫かなと心配もしてしまいました。僕も生活保護で生活をしている身です。炊き出しに来ている生活困窮者の人たちと変わりないな、と思えたから、今回の炊き出しで積極的に豚汁や、物品を手渡しできたのかなと思えます。

 僕は依存症の病気によって生活保護で生活していますが、今回の炊き出しに来た人達も色々な理由があって生活困窮者になってしまったんだろうなと考えさせられた一日でした。

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【NewsLetter285】依存症のクニ

◇ホームレス支援 カトリック大名町教会「スープの会」に参加して

 今回初めてスープの会に参加しました。去年は自助グループのセクレタリーをやっていたので行けず、行った仲間の話を聞いただけで現実味があまり無かったのですが、今回参加してみて、一緒に参加している人の多さや、スープを貰いに来る人の多さに驚きました。

 自分も薬を使っている時、外で寝ていた事がありました。スープを貰って、ありがとうという言葉を聞くと、外は寒いのですが、何か、あったかい気持になりました。

 今まで自分は、外で生活している人に良いイメージがあまり無かったのですが、今回参加してみて、自分達とあまり変わらないような気がしました。自分も一人で生きているわけではないし、色々な人の助けを受けて、ここまで生きて来ました。

 今回参加させて貰う中で、あんなにたくさんの人が、食事を運んだりしているのを見てすごいと感じました。自分も感謝を忘れない様にして行きます。

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【NewsLetter285】依存症のボン

◇ホームレス支援 カトリック大名町教会「スープの会」に参加して

 今回スープの会に参加して、普段生活困窮者の人達に対して偏見を持っていた自分に気付かせてもらいました。生活困窮者の人たちもそうだけど、なりたくてなった訳ではないんだろうなと思えました。

 そう考えると自分達に似ていて、自分はどうなんだろうと考えると、ダルクで暮らしている自分と変わらないし、薬物を使って今外に出たら、自分も生活困窮者状態になるように感じました。

 現実に昨年の今頃は、自分も生活困窮者をしていました。正直になると、自分の恥をかくす為に誰かを見下す事で安心感を得ようとしていたように感じました。

 今、教会に住んでいて、色々な方達に会う機会があります。今までは変に意識していて、今回見方を変える事が出来た事で、普通にあいさつ出来るようになったし、もっと関われる機会があればどんどん参加したいと思えたし、今まで興味の無かった事に興味を持ちたいと自分を変えてくれた経験だったようにも感じてすごく良かったです。

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